究極の豆の次に求めるべきは究極の「水」である
最高のスペシャリティコーヒー豆を手に入れ、粒度の揃ったミルで挽き、振動から守り抜いて現地へ運ぶ。
ここまでのプロセスにこだわり抜いた私たちが、最後に直面するのは水という壁です。
抽出されたコーヒーの成分の約99%は水であり、この液体の質が、最終的なカップの味わいを決定づけると言っても過言ではありません。
日本の水道水は世界的に見ても高品質ですが、カルキ臭や配管の微細な金属臭は、豆本来の繊細な香りを打ち消してしまいます。
だからこそ、週末のツーリングの目的を絶景から水源へと変えてみる。
それは、単なる移動ではなく、最高の一杯を完成させるための素材探しの巡礼となります。
目指すべきは、環境省が選定する名水百選の中でも、特にコーヒーの風味を阻害せず、豆本来の個性を引き立てる軟水の湧き水です。
ミネラル分が程よく少なく、口当たりが滑らかな軟水は、コーヒーの酸味を穏やかにし、甘みを最大限に引き出す力を持っています。
都市のコンビニで買うミネラルウォーターではなく、大地のフィルターを通してろ過された生きた水を、自分の手で汲み上げる。
この行為そのものが、味わいに深みを与えるスパイスとなるのです。
「ヤビツ峠」護摩屋敷の水への巡礼
関東エリアで、ライダーにとっての走る喜びと名水が共存する稀有なルート、それが神奈川県の「ヤビツ峠」です。
東名高速・秦野中井ICを降り、市街地を抜けて県道70号線へと入ると、道は次第に緑深い山岳路へと姿を変えます。
正直に言うと、フルカウルスポーツバイクにとって、ヤビツ峠の狭く入り組んだ道は、決して快適なだけのルートではありません。
対向車に神経を尖らせ、路面の苔や落石に注意を払いながら、慎重にバイクを操る必要があります。
しかし、この辿り着くまでの困難こそが、巡礼の醍醐味でもあります。
エンジンの熱と緊張感に包まれながら標高を上げ、峠の途中にある「護摩屋敷の水(ごまやしきのみず)」に到着した時の達成感はひとしおです。
この湧き水は、古くから修験者たちが護摩行の際に身を清めたとされる由緒ある名水です。
バイクを停め、ヘルメットを脱いだ瞬間に感じる山の冷気。
そして、苔むした岩肌から絶え間なく溢れ出る清冽な水。
持参した空のボトルに水を満たす時、指先に伝わる水の冷たさが、ここまで走ってきたエンジンの熱を一瞬で鎮めてくれるようです。
この水は、丹沢の山々が長い時間をかけて磨き上げた、正真正銘の天然のフィルタード・ウォーターなのです。
軟水が引き出す甘みと、現地で淹れる一杯の魔法
護摩屋敷の水は、硬度などの数値で見ても、コーヒーに最適とされる軟水に分類されます。
汲みたての水をバーナーで沸かし、丁寧にドリップすると、その違いは香り立ちの瞬間から現れます。
都市の水で淹れた時のような尖った刺激がなく、湯気までもが柔らかく、甘い香りを帯びているように感じられるのです。
一口含むと、その口当たりの滑らかさに驚かされます。
軟水特有の性質が、スペシャリティコーヒーが持つフルーティな酸味の角を取り、丸みのある甘みへと昇華させています。
苦味は奥へと退き、代わりに豆本来のナッツやチョコレートのような風味が、舌の上で優しく解けていく。
水が変わるだけでこれほど違うのかと、静かに衝撃を受けました。
ヤビツ峠の木陰で、愛車を眺めながら飲むこの一杯、コンビニの水では決して味わえません。
効率的に手に入る美味しさではなく、手間と時間をかけたからこそ得られる感動。
これこそが、私がバイクとコーヒーに求める、究極の贅沢なのです。

